自由奔放でまるで猫のように悠々伸び伸びと生きる、西の魔法使いムル。魔法使いの約束に登場する魔法使い達は、文学作品からオマージュされて生み出されています。今回はムルの元ネタとなった「牡猫ムルの人生観」との関係を考察していこうと思います。
ここからはネタバレが含まれますのでご注意を!
それでは、レッツゴー♪
牡猫ムルの人生観について
作者 E.T.A.ホフマン
牡猫ムルの生みの親ホフマン(1776-1822)は、ドイツの作家であり、作曲家であり、画家であり…と、多種多様な才能を兼ね備えた天才です。自身は裁判官として働く傍ら、作家活動も精力的に行っていました。今回考察する「牡猫ムルの人生観」もそのひとつであり三部作の予定でありましたが、病気により亡くなったため三作目が書かれることはありませんでした。
「牡猫ムルの人生観」は、当時においても名作と知られた「長靴をはいた猫」からインスピレーションを得て描かれたと言われており、またホフマン自身が飼っていた「ムル」という名前の猫の仕草なども参考にしていたのかもしれません。
物語の構成
『牡猫ムルの人生観』2巻。表紙絵はホフマン自身による。
あらすじを語る前に、この「牡猫ムルの人生観」の複雑な構成について簡単に整理しておきましょう。まず、ホフマンは1808年~1814年にかけて「クライスレリアーナ」という物語を書いています。これは楽長クライスラーという架空の人物の自伝なのですが、実はホフマン自身の体験を書いていると言われています。
のちにロベルト・シューマンがクライスラーにインスピレーションをうけ、この物語と同名の「クライスレリアーナ」というピアノ曲集を作曲しており、彼の代表曲の1つでもあります。
それとは別に、人間の言葉を理解し、書き記す事ができる猫、ムルの自伝もホフマンは書きました。そのクライスラーの自伝と、ムルの自伝をがっちゃんこ。そうして世に出たのが「牡猫ムルの人生観」という物語なのです。
ところどころ、クライスラーの自伝のシーンからムルの自伝のシーンに移ったりと、お互いの物語がスイッチしながらお話は進んでいきます。これを作中では「ムルが書いた原稿に、クライスラーの原稿が挟まっており、誤って印刷された」とユーモアのある説明をしています。もちろん物語上の演出ではあるのですが、より物語に没入できるわくわくするシチュエーションですね。
あらすじ
写真提供:moon | moon | osde8info | Flickr
ある祝宴で演出を頼まれたアブラハムという男性は、照明や仕掛けを準備するものの、依頼主の要望は叶える事が難しいものでした。中でも真っ暗闇の中、明かりをもった人がまっすぐに道を進み、舞台に明かりをつけるというのはなんとも無理な話。案の定失敗し、あちこちで蠟燭がひっくり返るわ、人々が大騒ぎするわ、花火がどかどかあがるわで、祝宴は混乱状態に。
そんな祝宴を抜け出して大きな橋に逃げてきたアブラハムは、ここで運命の出会いをはたします。アブラハムは橋でぴぃぴぃというかすかな鳴き声を聞きました。みると、皓々たる月の光に照らされて、子猫が死から逃れようと橋の杭にしがみついていたのです。
アブラハムはその猫を助け、ムルと名づけました。ムルは初めは普通の猫と変わりありませんでしたが、育てていくうちに本を読んだり、あげく文字を書くようになるなど、およそ猫とは思えない成長をとげます。
アブラハムはムルの将来性にとても関心があり、自分が旅行に行っている間、弟子のヨハネスに預けることにしました。ヨハネスのもとでなら、きっと高度な教養を身に着けられるだろう、と。
こうしてムルとヨハネスは出会い、それぞれの恋や一生が描かれていくのです。
まほやくにオマージュされた内容
ここからは「牡猫ムルの人生観」から、まほやくにオマージュされた内容を考察していきます。
ムルの外見
牡猫ムルの人生観に登場するムル(以下猫ムル)の外見は、作中ではこう書かれています。
背中のあたりは灰色と黒のしまになっており<中略>太陽の光線にはえてちらちらと光をきらめかせていたもので、黒色と灰色のあいだにはさらにほっそりとした山吹き色のしまがみとめられたほどであった。<中略>才気と理知がぎらぎら燃えたつ炎となってきらめく両方の草いろの眼をかっと見開いた。
瞳の色は猫ムルからまほやくムルに受け継がれたようですね。「才気と理知がぎらぎら燃えたつ炎となって」とありますが、これは魂がくだける前のムル(以下過去ムル)に受け継がれていそう。よくまほやくで表現されるのは「知的でナイフのように鋭い猫のような目」。なんだか猫ムルの魂を受け継いでいるようですね。
猫ムルの「黒色と灰色のあいだにはさらにほっそりとした山吹き色のしまがみとめられた」という部分は、まほやくムルに受け継がれなかったのかなと思いましたが、実はバースデー衣装のムルのシャツが、黒白黄色のストライプとなっています。もしかしたら、猫ムルの姿をイメージしているのかもしれませんね。
ムルの性格
ここまで猫ムルの性格についてあまり触れていませんでしたが、彼の性格を理解するには、物語の冒頭に書かれた彼の序文を読むのが良いでしょう。要約するとこういったことが恭しく書かれています。
「この作品は批評を受けるだろう。しかし、これは読んでくれているあなたに贈るために書いたのであり、もし一滴でも涙を流してくれたら、余は慰められるでしょう。文学を志す学徒、ムルより。」
猫が物語を書くなど前代未聞ですから、酷い批評を受けるだろうとムルは話しています。この序文の印象としては、詩的ながらも誠実な印象を受けますね。が、しかし。次のページにもうひとつ序文が載っていたのです。
真の天才に生まれつきそなわる確実さと冷静さをもって、余は我が伝記を世におくるが、これにより世人が、偉大なる牡猫となるにはいかなる教養をつむものであるか学び<中略>余を尊重し、賞賛し、驚嘆し、かつ、いくばくかの崇拝を捧げるようにならんがためである。<中略>
いささかたりとも疑念をさしはさもうとするものがあるなら、いずれ才智と分別を身につけ、しかも鋭い爪をかねそなえている一匹の牡猫を相手にしなければ、ならなくなるであろうことを熟慮していただきたい。
極めて名声のある文学者、ムル
なんとも自信過剰で尊大かつ傲慢な序文ですね。これは本来載るはずのなかった序文であり、先にあった誠実な序文のみ載るはずでした。が、これも編集者のミスで載ってしまったようです。
まほやくの過去ムルは、ここまで自己主張が強いかと言われるとちょっと違う気もしますが、自身を天才だと認識していたり、相手を見下したり、傲慢な部分は大変よく似ています。人間の言葉を理解するという天才的な部分と、傲慢な性格は過去ムルに受け継がれたようですね。
魔法使いと呼ばれたアブラハム
ムルをひろったアブラハムですが、人々からは魔法使いではないかと噂されています。というのも、アブラハムの周りではいつも奇想天外なことがおこり、嵐が起きたり火の玉が飛んだり、人がかってに噴水の中に落ちたりと、不思議なパニックがおこるのです。
はたして本当に彼が魔法使いなのか真相は闇の中ですが、アブラハム自身が派手で変わったものや、めちゃくちゃに混乱した場が好きであることは変わりありません。雷雨の中花火を盛大に打ち上げたり、負けじとトランペットやオルガンが音のだし比べをしている場面を好んだり。こういったちょっとぶっ飛んだ性格は、まほやくムルに受け継がれていそうですね。
猫ムルの特徴ではなく、アブラハムの特徴がなぜ?と思う方もいるでしょう。他のキャラクターの元ネタ考察をしていても感じることですが、元ネタのあるひとりの登場人物の特徴のみが、まほやくに受け継がれているわけでは無いのです。言うなれば、「牡猫ムルの人生観」そのものが、まほやくに登場するキャラクターに受け継がれているのです。
シャイロックの育成術
猫ムルは好奇心が強く、自身でも「学究的渇望」を抑えられないと自覚するほど。怒られるとわかってはいるものの、主人のアブラハムの部屋に忍び込んでは書物をひっかきまわしていました。このあたりの恐怖より好奇心が勝る性質は、まほやくムルにも受け継がれていそうですね。
アブラハムは初めはただのいたずらだと思い叱っていましたが、ムルが本を読もうとしているのがわかると、自分の本を自由に読むことを許しました。しかし、そもそもムルは人の言葉がわからない赤子状態ですので、アブラハムが本を音読し、それをムルが音を聞きながら文字を読む…という教育をしていったのです。それからまもなく、ムルは見事人の言葉を理解できるようになったのです。
他にもアブラハムは、他人の食事を横取りしてはいけないなど、文化的教養をムルに教えました。しかし、これらは決してムルを人間らしくしたいなどという思惑ではなく、最低限社会において欠いてはならない規準を教えていたのです。それについてムルは「余を教育するにあたり、無制限な自由をゆるしてくれた点は賞賛してあまりあるものだ。」と述べています。
このあたりの経緯は、まほやくムルとシャイロックの関係に少し似ていますね。ムルは月に近づきすぎてしまい、魂が砕けてしまいました。そのため、過去の記憶もなくし、言葉も話せなくなり、人としての理性などもなく服を着ないまま走り回ったりと、それはもう大変な有様だったとか。
それをシャイロックが根気強く教育をしていったのです。言葉を教えて、常識を教えて、ようやく今のムルの状態になりました。シャイロックは今後のムルの未来には干渉するつもりはないと言っています。シャイロックはありのままの存在を愛する美意識がありますので、ムルを自分の思い通りにしようとは考えていないのです。
アブラハムは社会において必要な常識は教えましたが、それ以外は自由を許しました。言葉や常識を教えたという共通点だけではなく、この自由に対する考え方も、アブラハムとシャイロックは似ているのかもしれませんね。
まほやく世界との共通点
ここからは小説とまほやくムルの関係だけではなく、まほやく世界との関係について考察していきます。
約束
今までいくつかまほやくキャラクターの元ネタを考察してきましたが、ほぼ全ての物語に「約束」に関するエピソードが描かれていました。(今、本が手元になく確認できていない小説がいくつかあるので、「ほぼ」と表現しました。手元にある小説には全て「約束」に関するエピソードがあります。)
この「牡猫ムルの人生観」にもそれが描かれているのでご紹介しますね。
ある日、ムルは自身の母猫のミーナと偶然出会います。ミーナが飢えをしのぐのも難しい生活をしているのを知ると、ムルは食べ残しておいた鰊を母猫にあげようとします。
しかし、鰊をとりに家に戻り、ミーナのもとへ運ぶ途中、ムルの胸の内に貪婪(どんらん)な食欲が押し寄せます。そして気づけば、ムルは鰊をたいらげてしまったのです。その時のムルの心中がこちら。
母ミーナが絶望的になり、見捨てられ、余が約束したご馳走を待ち焦がれて舌なめずりをし、失神の一歩てまえにあるようすが眼のまえにちらつくのだ。
ムルは本能に抗えなかったことを後悔するも、ミーナに謝る勇気はなく、そのまま母猫と会うことはありませんでした。猫ムルは約束を守れませんでした、というお話でした。
バラバラなページとまほやく世界
「牡猫ムルの人生観」の物語は、編集者とムルの序文によって始まります。本書が猫によって書かれたこと、バラバラなページが組み合わさっていること、いたるところに誤植があることを読者に説明しています。つまり、「牡猫ムルの人生観」の世界を楽しむ方法を案内しているのです。
私は、これをまほやくのメインストーリーの冒頭に似ていると感じました。魂のかけらのムルが賢者の前に現れ、まほやく世界について案内します。大いなる厄災によって世界が壊れかけていること、世界救済をして欲しい事を伝えてくるのです。
ここからちょっと飛躍した考察になるので、苦手な方はお気を付けを。もしも、このまほやくのストーリーを「魔法使いの約束」という小説にたとえるならば、この魂のかけらのムルによる案内は、小説の序文であると私は捉えました。
まほやくのOPやPVを見ていると、殆どの文字が縦書きであり、かつPCでキーボード入力をしているように文字が表示されたり、小説によくある活字で書かれています。これらはまほやく世界が、小説のように書かれた世界であることを示唆していると思われます。
なにより、わざわざ有名小説の登場人物達をオマージュしているあたり、まるでいたるところの登場人物をかき集め、新約本でも出そうとしているように感じます。
この「魔法使いの約束」という小説の序文を、あえてムルに任せた。「牡猫ムルの人生観」という、強烈に印象が強い序文を書いた作品の主人公をオマージュしたムル。彼に序文を担当させたのは、もしかしたらこういった経緯があるのかもしれませんね。
それともうひとつ。バラバラなページから連想されるのが、ムルの砕けた魂のかけらです。砕けた魂のかけらを集めると、完全なムルになる。バラバラなページを集めると完全な物語になる。これらの設定も、もしかしたらまほやくにオマージュされているのかも?いないのかも?どのように捉えるかはあなた次第かも。
誤植とラスティカの鳥籠
以前ラスティカの考察をしたときに、ラスティカが探す「花嫁/bride」と魔道具の「鳥籠/birdcage」のスペルが似ており、一文字違えば「鳥籠/birdcage」が「花嫁の檻/birdecage」になってしまうと話しました。
先にお話した通り、「牡猫ムルの人生観」でも似たような誤植がいたるところにあります。例えば真っ黒の「夜会服/Robe」を「彩色/Farbe」と誤植したりなど、ちょっとしたスペルミスにより全く異なる意味に変わってしまったのです。これらは読者がクスリと笑えるしかけなのですが、もしもこれがまほやくにオマージュされていたら。
先ほど、まほやく世界はひとつの小説なのではないかとお話しました。であれば、もしかしたら誤植もあるのかも。そして、ラスティカの魔道具は誤植により「花嫁の檻/birdecage」から「鳥籠/birdcage」になったのかもしれませんね。
とはいえ、これはだいぶ飛躍した仮説。もし今後、同じように似たスペルのキーワードがでてきたら、誤植を疑ってもいいかもしれませんね。
さいごに
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
「牡猫ムルの人生観」に登場するムルは、とても傲慢で自己評価の高いこまっしゃくれた猫ではありますが、可愛らしい面も多々あります。過去ムルを傲慢だと感じる事があっても、嫌いと感じる人は多くはないでしょう。むしろそれが魅力的であると感じる事もあると思います。それと同じように、猫ムルにもきっと愛着がわくでしょうから、ぜひ一度読んでみて下さいね。
…といいつつ、ここまで考察文を書きましたが、実はまだ完読できておらず…お恥ずかしい。完読したらここに追記しますね。
それでは、また!
参考文献
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